プロジェクトの歴史
1本のスプーンから始まる物語
私が水の作品制作を始めたのは1994年、武蔵野美術大学の3年生の時でした。ある日、スプーンに流水を当てると、薄くて透明な水膜が出来ること気が付きました。その下に手を入れると濡れない空間があったのです。その不思議さに魅せられて、今に至ります。
最初に水膜を構成する6つの要素を研究しました。次に循環ポンプを使い、流水の量と水膜の直径の相関を確認しました。くらげ状、ドーム状、扁平な形状のうち、私はドーム形状を作品のテーマに選びました。
20センチの水膜をくらげに見立てて「Jellyfish」という作品を作り、70センチの水膜を用いて体験者が水膜の内側に頭を入れる「Head Mounted Display」という作品を作りました。しかし、水膜の最大値は2m弱で、それ以上は飛沫になってしまいます。1999年に発表した直径8メートルの「ウォータードーム」は水膜の天井と水滴の壁面で構成しました。この大型のドームは夜間のプロジェクションマッピングに適しており、観客は水と光に包まれる感覚を楽しむことが出来ました。2001年に東京大学大学院にて「没入型水ディスプレイの研究」で博士号を取得し、噴水を生活にどう位置付けるかが私のライフワークとなりました。
大きなドームの時代
1999年から2009年までの間に11回、ウォータードームを美術館やデパート、愛知万博やロックフェスティバルにて展示しました。
私にとって、ウォータードームを通じて多くの人々と水の不思議さを共有する体験はこの上のない喜びでした。体験者は体験型噴水に足を踏み入れると、自然と笑顔になります。それは制作者である私と水の楽しさを共有できた証でもありました。しかし私は、同時にフラストレーションをも感じていました。もっとエンターテイメントに徹するため、さらなる水、火、レーザー、花火の演出を検討しましたが、それはかないませんでした。また、より大きなウォータードームの実現可能性と恒久的な設置についての質問をひんぱんに頂きました。ウォータードームの大型化は原理的には可能です。しかし作品の大型化にともない、思い立った時に気軽に作るわけにはいかなくなりました。噴水を作るには、プール、ポンプ、水道、電気、広い場所が必要です。
アートからプロダクトへ
小さくても美しいものを作ろう、と心に決めたのは、ウォータードームの大型化と汎用性の検証は終わったと感じたからです。2004年に発表した「蝶のかたちの水膜を作るスプーン」は、アートからプロダクトへ移行する試みでしたが、触覚が時々3本になるという欠点がありました。また、銀のインゴットを槌で叩いて作ったので、工業的な精度が出ないという問題と、突起がある食器は口の中に入れるにはふさわしくないという問題が残りました。
レクサスデザインアワード受賞
2010年の猛暑に噴水が恋しくなり、本格的に小型の噴水の開発を再開しました。試行錯誤の後に、蝶に続き、クモ、トンボ、桜、アラベスクのかたちの噴水が完成しました。2013年にアトリエOPAは「ドリンキングファウンテン」でレクサスデザインアワードを受賞し、ミラノのパルマネンテ美術館でこのアイデア公表しました。
キッチンやお風呂場の水道の下に5種類のパーツを設置すると、水を貯めている間に噴水を楽しむことが出来ます。先進国では上下水道が完備しています。新たに給水施設と排水設備を揃えなくとも、既存の都市インフラを頼れば噴水のダウンサイジングは可能なのです。レクサスデザインアワードの審査員のパオラ・アントネッリさん(MOMAニューヨーク近代美術館学芸員)からは「最小限の設備で、最大限の効果を生み出す詩的な作品。人々に喜びをもたらす開発に成功した」との評価を頂きました。
3Dプリンターの時代
ここ数年のラピッドプロトタイピングによって、製品化に向けた開発が進みました。始めに蝶とクモの噴水のパーツをの指輪に仕上げることにしました。私が2Dで設計した後、デザイナーの石川が3Dモデルを作成します。3Dプリンターで出力し、試作品を流水に当てては確認する作業を何度も繰り返して、最終形状を決定しました。
量産にあたり、ワックスモデルから制作したゴム型からシルバー925で鋳造します。提携した工房にてジュエリー職人が丁寧に作り、磨いて指輪を完成させます。デザインから製造までの全工程を東京で行っているので、ファウンテンリングはメードインジャパンの品質を誇ります。この指輪は私のこれまでの20年の噴水研究の成果です。日本で実用新案、アメリカとEUと中国で意匠を取得しました。
2015年8月にクラウドファンディングの「MotionGallery」にてファウンテンリングを発表し、2か月のキャンペーンを行いました。40名のコレクターが集まり、カラーや文字など指輪のカスタマイズの注文が寄せられました。そしてクリスマス前にすべてが完成し、北海道から沖縄まで発送しました。こうしてコレクターの方々のご意見とメディアの反響によって、ファウンテンリングは製品化と正式な販売を開始しました。2016年4月、宝石入りの新モデルをリリースしました。水を当てる位置がよりわかりやすくなりました。ファウンテンリングが皆様の手元に届き、驚きと喜びをもたらすことを願っています。